狸の町

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お題:めっちゃ狸 必須要素:クリスマス
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 待ち合わせに来たのは狸だった。
 一時は夢を見ているのではないかと疑った。しかし夢ではないようで、冬の寒さが頬に痛いくらいだ。深く吐き出した息が白く染まっている。狸の耳、毛に覆われておらず露出した桃色の部分が赤くなっているように見えた。
 僕は「彼女」と待ち合わせしていたはずだったのだが、なるほどその狸の背丈は「彼女」ほど。手に持っている狸に似つかわしくない洒落たバッグも以前「彼女」と買いに行ったものであった。
「あの」
 目の前の狸が発した声は「彼女」の声である。
 ここまで状況に示されてはこの狸が「彼女」である可能性は、「彼女」でない可能性より随分高くなってしまう。きっとこの狸は、そうなのだ。
「ねえ、どこ見てるの?」
 狸が心配そうにこちらを見ている。可愛らしいやや小さめの瞳や首を傾げる仕草に普段なら目を奪われていたところだが、今の「彼女」は狸になっているし、その素敵な要素が狸になってなお失われなかったとしても、僕は彼女から目を離さざるをえない。
 どうしても、周囲にいる狸が気になって仕方ないのだ。華やかなネオンや店の明かりに照らされた街道を、人間大の狸が闊歩している。さも当然のように。
 ある狸は携帯電話を丸い耳に当てながら歩いている。
 ある狸達は腰を抱き合って歩いている。
 ある狸は仔狸と手をとりあって(どうやってあの手で握り合うのか疑問だが)歩いている。
 まるで自分たちこそがこの町の主であるかのようだった。
 ここは人間の町ではなかったのか?
 僕はしばし呆然として立ち尽くした。
「めっちゃ狸……」
 思わず呟いた瞬間、全ての狸が僕を見た。
 立ち位置的に「彼女」であるはずの狸まで、僕を睨むように見つめている。
「変な夢でも見てるんじゃないの?」
 「彼女」が僕に触れた。見た目からあると思われた毛皮などの感触は無く、ぺたぺたと僕の冷えた頬を叩く。
 さっきまでのことは夢だったのだ。今目の前にいるのは間違えようもない、「彼女」だ。
 雪のように積もった落ち葉を踏みしめ僕等は歩いて行く。
 今日はクリスマスだ。
 何を気にすることがあろうか。